« 【事件】飲酒運転による事故が減らない | トップページ | 【野球】中日山本昌投手が新記録 »

2006.09.12

【皇室】新宮さまお名前が決まる

9/6に御生まれになられた新宮様のお名前が決まりました。
宮内庁の正式な告知は以下のとおりです。
御命名
9月6日御誕生になった文仁親王殿下の第一男子は,悠仁(ひさひと)と御命名になりました。
平成18年9月12日:宮内庁

一部メディアによる記事。

▼産経新聞オンライン版

お名前「悠仁」 親王さま命名の儀

6日に誕生した秋篠宮家の男子のお名前が「悠仁(ひさひと)」に決まり、12日午後、紀子さまが入院されている東京都港区の愛育病院で「命名の儀」が行われた。身の回りの品に付ける「お印」は、日本固有の常緑高木の「高野槇」に決定した。命名の儀は、一般のお七夜に当たる皇室の伝統儀式。
宮内庁によると、「悠」の字には、ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでほしい、との願いが込められている。お印の「高野槇」は「まっすぐに育ってほしい」とのご夫妻の思いから、日本固有の直立の木にした。
お名前とお印はご夫妻で話し合い、お名前については天皇、皇后両陛下にも相談し、先週末から11日までの間に、最終的に秋篠宮さまが決められた。
宮内庁では7月から男女それぞれのお名前を検討、過去の天皇や皇族と重ならないようにした。男子誕生後は、国文学者や漢文学者の意見も交えて、3つの名前を候補に挙げたという。
命名の儀は午後3時半から行われた。秋篠宮さまが毛筆でお名前の「悠仁」、お印の「高野槇」とそれぞれしたためた和紙を、ご夫妻が順に確認された後、宮務官が白木のきり箱におさめて、悠仁さまの枕元に置いた。和紙はいずれも皇室の重要行事に使われる「大高檀紙」と呼ばれる厚手の紙。
お名前は官報で告示された後、天皇、皇族の戸籍に当たる皇統譜に登録される。宮内庁長官らが署名する。
名前に「仁」を付けるのは、平安時代以来の慣習。高野槇は「高野の六木」などとして有名で、皇居の宮殿近くや秋篠宮邸がある赤坂御用地内にもある。
(09/12 15:54)

▼朝日新聞オンライン版

秋篠宮家の新宮さま、お名前は「悠仁」(ひさひと)
2006年09月12日15時50分

6日に誕生した秋篠宮ご夫妻の長男(親王)の名前が「悠仁」に決まり、「命名の儀」が一般のお七夜にあたる生後7日目の12日午後、紀子さまとお子さまが入院している愛育病院(東京都港区)で行われた。
宮内庁によると、名前はご夫妻で相談し、秋篠宮さまが決めた。皇太子のお子さまには天皇が名前を贈るが、宮家の場合は宮家当主が名付ける慣例がある。「悠」には悠久や悠然の熟語にあるように「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んで欲しい」という願いが込められているという。
また、身の回りの品につける「お印」は「高野槇」と決まった。日本固有の常緑高木で、ご夫妻が「大きく、まっすぐに育って欲しい」と選んだ。
親王の名前は「仁」が付く2文字となるのが慣例。ご夫妻は夏ごろから検討を始め、歴代天皇らの名前と重ならない文字の中から、男子と女子の両方を想定して名前を考えた。両陛下や漢学者、国語学者にも相談したが、直前まで熟考した様子で、最終的に決まったのは前日の11日。「ひさひと」という音の響きも決め手の一つになったという。
皇太子さまの「浩宮」、秋篠宮さまの「礼宮」のような称号(幼少時の呼び名)は天皇、皇太子のお子さまに限られ、宮家に生まれた新宮さまにはつけられない。
命名の儀は午後3時半すぎから、病院内の個室で行われた。秋篠宮さまはモーニング姿、紀子さまは空色の絹の服装。名前とお印が記された2枚の和紙をご夫妻が確認した後、宮務官が桐の箱に収め、お子さまの枕元に置いた。
悠仁さまのお名前は14日官報に掲載され、近く皇族の戸籍簿である皇統譜に登録される。紀子さまとお子さまの退院は数日後になる見通し。

|

« 【事件】飲酒運転による事故が減らない | トップページ | 【野球】中日山本昌投手が新記録 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22114/11869598

この記事へのトラックバック一覧です: 【皇室】新宮さまお名前が決まる:

» 悠仁親王 [http://10tyouget.livedoor.biz/index20.rdf]
悠仁親王情報満載です! [続きを読む]

受信: 2006.09.13 21:31

« 【事件】飲酒運転による事故が減らない | トップページ | 【野球】中日山本昌投手が新記録 »